忘れてもらえないの歌

INTRODUCTION

2017年「俺節」で日本の演劇界を揺さぶった安田章大、
岸田戯曲賞受賞の福原充則による書き下ろし脚本&演出で待望の新作!

舞台は戦後、荒れ果てた東京、1945年終戦。若者達は何もない東京で楽器一つ持って仕事をし始めた。「食う」ためには何でもやった。アメリカが喜ぶのなら、英語の歌詞を覚え、メロディーを覚え、楽器を覚えればより食えると聞けば、楽器の演奏も覚えた。アメリカの将校がJAZZ好きと聞けば、見よう見まねでJAZZを演奏した。
そう、この物語は日本で初めてJAZZが演奏された頃の物語。演奏するのはアメリカのJAZZ。敵国アメリカの音楽を演奏するとはどういうことなのか。日本を破壊した敵国の音楽を何故、若者たちは演奏しなければいけないのか?見よう見まねの演奏から、若者たちは自分たちのオリジナル音楽を作るように成長して行く。

戦後の混乱の中で、生きるために音楽を選んだ者と、音楽と共に生きようとした者の一瞬の交差と離別の物語。戦中・戦後を扱った物語の多くが〝たくましく生き抜く人々〟のものであるのに対して、この物語は〝生き抜けず膝をつき負けていく者達〟-弱者の物語。何を求めて、何にしがみつき、何を手に入れられなかったことで〝負けた〟と思うのか。人が生きる上で目指すべき世界を描く。

若者たちの挫折を無視するかのように、音楽は人々の元気を生み出し、日本は見事に復興を遂げ、音楽は、町に響き始める。若者たちが希求したもの、ひたすらにエネルギーを傾けたものは一体なんだったのか、巨大な時代のうねりだけだったのか!?

STORY

焼け野原で誓った。
空っぽになった心に絶望を詰めるくらいなら、ポジティブな感情を詰めて生きていこう。
悩んでたまるか。意地でも明るく生きてやる!

1938年、新宿。大陸で始まった日中戦争の暗い影も気にせず、夜な夜な遊ぶ若者達がいた。彼らの名は、滝野亘、稲荷義郎、良仲一矢。仕事が終わると、それぞれが自分が働く店の残り物を持ち寄り、将来を語りながら飲み明かしていたのだ。しかし、日本は第二次世界大戦に突入。東京は空襲で焼け野原となり、敗戦を迎える。戦後の混乱を生き抜くため、滝野は進駐軍相手のジャズバンドを結成することに。当時、進駐軍のクラブで演奏するミュージシャンには破格のギャラが支払われていた。だから誰もがミュージシャンになりたいと思ったのだ。戦前からの仲間に新メンバーも加わり、ジャズバンド「東京ワンダフルフライ」が誕生。かくして、進駐軍とその関係者ら全員アメリカ人の客を前にステージに立つ「東京ワンダフルフライ」。にわか演奏と歌で、どうするのか!?待った無し!